ヴィンテージが謎のヴィジョンに奇襲を受け対戦が不可能であることを報告すると、その日の対戦は全てが中止になった。原因を究明するまで一旦おあずけ、ということだろう。私はヴィンテージがいなくなった部屋で、ぼんやり天井を見つめていた。

「……ヴァイオレットは、どうして私のところへ? どうして、ヴィンテージを狙ったの? ……スカーレットは、ヨハンソンはどうしたの?」

誰も答えない、誰もいない。私以外は。するとビーッと拠点のインターホンが鳴る。誰? ヴィンテージ? そっと覗き穴から外を窺うと、そこに立っていたのはヴィンテージではなく見たことがないヴィジョンだった。彼は制服のようなものを着ている。

「=こんにちは、スカーレットさん。私はこの区画の物資販売員です。デイヴというヒューマンから物資が届いております。受け取りにサインをお願い致します=」

「デイヴさんから? なにかしら?」

扉を開け、販売員を招き入れる。荷物は結構な量があって、中に運んでもらうことにした。販売員はサインを受け取ると早々に帰ってしまった。荷物には手紙が付いていて、私はそれに目を通す。

「やあ、赤い髪のお嬢さん。君にもらったお金で、工場に残っていた全ての食料を送ったよ。ああ、礼は要らない。礼を言うのは私の方なんだ。ありがとう、君のお陰で最後に希望を見たよ。助けてもらったのにすまない。でもね、私はもう疲れてしまったんだ。生きているのが嫌になったんだ。だから崖から身を投げた……失敗してしまったけどね。私が作った物資が、君の支えになるなら嬉しい。だから全部送るよ。ありがとう、ありがとうお嬢さん。むこうで妻と息子に君が素晴らしい人だったと伝えておくよ。それじゃあ」

読み終える頃、私はぼたぼたと涙を流していた。彼が崖下にいたのは事故じゃない、自殺だったんだ。

「……今から、行けば。まだ、間に合うかも」

私はそんなことを呟いた。でも、助けるための手段がなかった。彼と別れてからもう5時間は軽く経っている。ヴィンテージはまだ帰ってきていない。きっと、間に合わない。もうきっと、彼はこの世にいない。分かっている、分かっていた。でも、でも。

「死ぬなんてダメよ!」

何に考えもなしに、私は拠点を飛び出そうとした。それを、一度インターホンが止める。覗き穴から見た相手にすっかり気を許し、私は扉を開けた。

「ヴィンテージ! 大変なの、デイヴさん……が……」

開けてしまってから、しまったと気付いた。待って、どっち?

「……」

そう、彼らは双子のようにそっくりで。黙ってしまえばどっちかなんて判別が付かない。私は恐る恐る、目の前にいるヴィジョンに訊ねる。

「……ヴィンテージ、よね?」

「……どっちだと思う?」

声も同じ。背丈も同じ。コピーのような彼と彼。

「……ヴィンテージじゃない気がするわ」

「ご名答」

それを聞いた途端、私は身を翻し武器を取ろうとする。でも、それは叶わずヴァイオレットにがっちりと捕まってしまう。口を塞がれ、ほとんど羽交い締めにされる。でも彼は、さっきとは打って変わって穏やかな態度だった。

「中に入れてくれ。話がしたい」

彼はそう囁くと、私の身体を解放する。私は彼に背を向けたまま答える。

「ヴィンテージを壊そうとしないって誓ってくれたら、入れてあげる」

「そいつは約束出来んな」

「じゃあ、入れない。貴方の話も聞かない」

「……強情だな、ホント。分かったよ、あの後継機は壊さない」

「後継機じゃないわ。ヴィンテージは私のヴィジョンよ!」

「後継機だよ。あんたが”スカーレット”なんだから」

「……」

その答えに納得しないまま、彼を招き入れる。彼は慣れたように奥の部屋まで入って行って、当然のようにベッドに腰掛けた。

「……またここに来れるとは思ってなかった」

「ここは、ヨハンソンの拠点なのね?」

「そうだよ。俺たちの拠点だった。今はあんたの物だろうがな」

「ヨハンソンはどこに行ったの?」

「……知らない」

「知らない、って……」

「宇宙のどっかにいる」

「……何があったの?」

「……トーナメントを勝ち進んではいけない。あれは、トーナメントの先に待ってるのは安定した生活なんかじゃないんだ」

彼は、顔を上げて語りだした。

 

 

「俺たちはきっと、勝ち進んだ後に安定した生活があるのだろうと。ここでの過酷さは報われるのだろうと信じていた。でもそうじゃない。このトーナメントをくぐり抜けた勝者に与えられるのは安定した生活ではなく……別の惑星への移住権だ」

「……え」

言葉の意味が分からない。

「ここは、そもそも地球じゃないんだ。ここは太陽系の外にある宇宙ステーションの中。ヒューマンは荒廃した地球から脱出して、次に住む為の惑星を探している。ずっと、長い間。俺たちヴィジョンは、それは知っていた。でも、トーナメントの真意は知らなかった」

ここは地球じゃない? 宇宙船の中? 彼から出てくる情報の数々に、私は困惑する。

「ヒューマンの中からわざわざ数人を剪定し過酷な環境の中ヴィジョンと過ごさせるのは、その後の別の惑星で探査が行えるようにする為の訓練なんだ。そう、言ってしまえばここは訓練学校なんだ。幻影使いは、惑星移住計画の為の装置の一つ。そしてこの訓練区画にいる全員が、クローンだ」

「全員……? じゃあ、デイヴさんも? リンジーさんも?」

「ああ、全員だ。この宇宙ステーションにいるヒューマンは一部を除いて全員が元々あったDNAのからコピーして作られている。スカーレットも、そうだった」

「……」

「俺のスカーレットは、ここのトーナメントを勝ち抜いた。そして《大都市》へ向かった。……《大都市》は残りのトーナメントの激戦区じゃない、この大きな船を動かす為の都市だ。《大都市》の情報はヴィジョンにも非公開で、俺もそこに着くまで街の景観すら知らなかったんだ。驚いた。ヒューマンはほとんどいないんだ、船の維持の為の機械ばっかりで。もちろん幻影使いもいなかった」

人のいない街、無機質な情景の都市を私は想像する。

「《大都市》の最奥にこの船の船長たち、俺たちヴィジョンを作った科学者たちが数人いる。彼らはこの惑星移住計画の実行者で、身体を取り替えながら生きながらえているらしい。スカーレットは、彼らが選んだ次の星へ移住しそこを人類の新天地に出来るよう整えろと命令をくだされた。彼女は従ったよ。根は、人の為に尽くす優しい人だから」

「……」

「でも、惑星へ移動する最中運悪く流星群に遭遇した。船は破損して立ち往生、本来の軌道からも大きく外れ目的地への進路への修正も不可能。俺はなるべく物資を節約しながらこの母船へ救難信号を送った。……彼らは、助けを寄越さなかった。一個体を助ける為に割ける物資などないと、遭難してしまった一人を戻って助けるくらいなら新しく次のクローンを育てた方がよいと判断した。救援を送らない彼らに怒り狂う俺を宥めて、彼女はこう言った」

『じゃあ、次のスカーレットに伝えて。訓練を受けてはいけないって。貴方はここへ来てはいけないって。貴方は消費されてはいけないって』

「俺は最初は拒否した。充電が切れるまで、動けなくなるまで貴方のそばにいると。でも彼女の、最後の願いだった。だから、彼女を置いて戻ってきた。食料も休息も要らない、体力の消耗もない俺だけなら戻って来れる計算だったから」

話しながらヴァイオレットは、祈るように両手を握りしめていた。それが、懺悔のように見える。彼は立ち上がり、私の腕を掴んでひざまずいた。

「トーナメントに勝っちゃダメだ。負けて、訓練区画の外にある一般居住区に流された方がよっぽどいい。そっちなら職もある、安定した生活もある。宇宙の中で一人寂しく死ぬこともないんだ!」

彼は、泣いていた。

「頼むよスカーレット。あの子の必死の願いなんだ、頼むよ」

私は、ヴァイオレットを抱きしめていた。

「……辛かったね、相棒を置き去りにして。でも、ごめん。その話を聞いたら余計にトーナメントに勝ち進まないといけなくなった」

「っどうして!」

「だって、彼女を迎えに行ける人がいなくなっちゃうじゃない?」

呆気にとられる彼に、私は目一杯笑ってみせた。

 

fin.