【Vision2-1】

 

 ゆらゆら、きらきら。目の前に大きなオーロラが見える。でもそれは視界に入りきらないほど大きな誰かの服で、私は宙(そら)にぷかぷか漂ってそれを見ている。ずっと見ていて飽きないほど綺麗な光景だった。オーロラの向こうで星々が輝いている。大きな大きなその誰かが、私に気付いた気がした。

「……」

 目を覚ますと、拠点のベッドの上だった。端末を見ると最後に時間を見た時から30分も経っていない。横を見るとヴィンテージはそのまま眠っている。中途半端な睡眠のせいで、喉がカラカラに乾いていた。ツールボックスから水を取り出し口を付ける。不思議な夢を見た気がして、私はベッドに腰掛けたままぼんやり虚空を見つめる。ヴィンテージが眠っていると部屋は驚くほど静かで、彼の存在の大きさを感じた。眠っている彼に近寄る。人間と違い姿勢を変えたりしないので、電池が切れた玩具の人形みたいだなと思って眺める。

「……人形みたいなものか」

私が目を覚ましてからまだ丸一日も経っていないけれど、それはおそらくヴィンテージにとっても同じことなのだと思う。生まれて早々にマスターに従い、マスターが資格を剥奪されればあっという間に解体される。人間の都合で作ったり壊されたりする彼らはなんて儚い存在なのだろうと思った。彼はこんなに尽くしてくれるのに、その生殺与奪は何の力もない私が持っている。ヴィンテージの胸にそっと頭を載せる。アンドロイドなのでそこそこ硬く、人間のような柔らかさはない。機体の奥でヴーという振動がしている。人間でいうところの鼓動だろうか。そのままじっとその音を聞く。AIも夢を見るのかな? もし夢を見るなら、どんな夢か聞いてみたいなと思った。

「マスター?」

ヴィンテージはいつの間にかスリープモードを解いていたらしく、きょとんとした声を出した。声をかけられてはっと顔を上げる。

「あっ。ご、ごめん起こしちゃった?」

「どうかした? 具合でも悪い?」

「ううん。何でもない」

「そう? 身体に圧がかかったからスリープ解いたんだけど……」

そう言われて、ヴィンテージを抱き枕にして覆い被さる形になっていた状況に気付く。

「わ、ごめん」

慌てて離れる。

「俺は構わないけど」

「……ヴィンテージが寝てると静かすぎて」

「ああ」

彼は半身を起こしベッドの上に座る。

「ね、眠ってていいよ。ごめんね起こしちゃって」

「いいって。一人きりになるから寂しいんだろ? 起きてるよ」

「そう? でも節電にならないんじゃ……」

「座っているだけならそう消費しないから大丈夫だって」

「そっか。ありがと」

私はヴィンテージの横に座る。

「夢を見てたの」

「ふうん。どんな?」

「うーん、よく覚えてない。でもなんだか綺麗な夢だった気がするの」

「そう」

「……AIも夢を見るの?」

「見るよ。ヒューマンのとはまた違うけど」

「へぇ、どんな?」

「ヒューマンに言わせるとカオスそのものらしい。色んな像が入り乱れてぐちゃぐちゃしてる。見ている時はそれが夢だと気付かない。外部と接続した時に気付くんだ、今のは夢だったんだって」

「人と一緒ね」

「へえ、人もそうなのか」

「夢の中だと縦横の感覚も変だったりするから、人の夢もカオスよ」

「ふうん」

「……」

「考え事?」

「うん。スカーレットはどこへ行ったのかなって」

「ああ、ヨハンソンの方ね」

「そう。ヨハンソンの私」

「……まだクローンと決まった訳じゃない」

「そうかな……ううん、多分そうだと思う。直感なんだけど」

「”直感”ね」

「ヨハンソンがいたから私がここにいるの。そんな気がする」

「根拠はないだろ」

「ないよ」

「それは思い込みに近い」

「そうかもしれない。思い込みは良くない?」

「良くないな。調べてから決めた方がいい」

「そっか」

「……人間は完璧じゃない」

「ん?」

「完璧じゃない故に、完璧を求める。よりよい暮らしやよりよい環境を求めて移動する。よりよい結果を求めて研究する」

「うん」

「AIは完璧な思考であれという人の願いの一つの結果であると博士たちが言っていた。でも同時に人はAIに人間らしさを求める。自分たちのパートナーとして。人らしいということは完璧ではないということになる」

博士。その言葉が引っかかる。そう、彼らもまた誰かが作ったり調整したりしているはずだった。その科学者達はどこにいるんだろう?

「俺たちは事象の合理性を優先する。でも人間に対して真実を突きつけるのは、時によって非情な行動になる。だから、マスター。もし君がそのスカーレット・ヨハンソンと全く同じ遺伝子を持つ同一人物のクローンだったとする。その時俺はそれが正しいと分かっていても、”彼女と君が同じ人間か?”と問われればきっと”それは違う”と主張する」

「……どうして?」

「俺と同じ時を過ごしたのは君だけだから」

その答えに、私はぽかんとする。

「人類は常に己の存在意義を探している。クローンかどうか、というこの問題はそこに非常に引っかかるだろう。もしマスターが自分の存在を見失いそうになったら俺は嫌だから、あえて先に言っておくよ。ただこれはマスターがクローンだったと仮定した場合の話だから、違ったら忘れてくれていい」

「……要は励ましてくれたのね?」

「簡潔にまとめるとそう」

「ありがとう。あと、いいこと聞いちゃった」

「何?」

「AIは人間の願いの結晶ってこと」

私はヴィンテージのシャツの裾を軽く引っ張る。

「ヴィジョンたちはそれぞれのユーザーの”希望”なのね」

「いや? ただのサポートシステムだけど?」

「そこはうんって肯定してくれないと!」

「希望とか願望の意味での夢とか概念的な問題はまだ俺には難しいんでぇ~」

「もー! せっかくいい雰囲気だったのになんで茶化しちゃうのよ~!」

「素直じゃないんでぇ~」

「もー! いじわる!」

私はヴィンテージの胸をぽこぽこと叩く。彼はからかわれて怒る私を笑っていた。次の対戦まで、あと数十分。

 

fin.