【Vision1-4】

 

「思った以上に何もなかったね」

「どこの街もそうだが、荒らされた店の中で物資は見込めないもんだぜ」

「そう、ゲームみたいに回復アイテムがぽろっと落ちてたりはしないのね」

「残念ながらな」

 ディスカウントストアから始め、町の店という店を探索してみたもののこれといった収穫はなく。私とヴィンテージは鉱山の方へ向かっていた。

「大体、そんな目につくところに物資が落ちてたら先に来た誰かが持っていっちまうしな。早いもん勝ちってやつ」

「でもさ、”残り物には福がある”っていうじゃない。一個くらい残しておいてくれてもいいと思うの、色々」

「マスター。その言い回しは知ってるくせに”餅”は知らねえのか?」

「え? うん」

「どっちも同じ国のモノなのになー」

ヴィンテージはそんなようなことを言いながら山道に入ろうとする。ふと、私は左手の崖下が気になった。私の直感が何かを囁く。

「ヴィンテージ、この崖の下に何かない?」

「あ? 何かって?」

「何かは分からないけど、何か……」

おもむろに私は崖の下を覗くが、視界に映る範囲には何もない。

「気になるのか?」

「うん。レーダーとか、そういうので何があるか探せない?」

「ああ、それなら出来るけど」

「お願い」

「承知したマスター。サーチ開始。……ヒューマンと思われる熱源を発見。数は1。おそらく生きてはいるが寝たまま動かないな」

「やっぱり! 怪我してるのかも。ねえ、ここ降りられない?」

「降りられるが、この高さだと登って来れるかわかんねーぞ」

「ヴィンテージだけなら登れるんじゃない?」

「それなら可能だ。推奨はしないが」

「じゃあ私を下ろして。助けが必要だったらヴィンテージに行ってもらうから」

「承知した、マスター」

ヴィンテージは硬そうな足場を見つけてから、しっかりつかまるよう私に指示する。ハグの要領で彼につかまり、ヴィンテージはつかまった私の身体を紐で固定する。

「降りるぞ」

「うん」

ヴィンテージの右腕から登山用のリールに似たものが出てくる。先端を岩場に固定し、降り始める。キュルキュルと音を立てながら、ワイヤーが伸びていく。降りる予定の場所を見る。人が落ちたら怪我をする高さだ。もしかしたらその人は滑落したのかもしれない。ワイヤーの長さが足りなくなることもなく、私たちは無事下に降り立った。

「ありがとう」

「おう。紐外すからちょっと待ってな」

「うん」

身体が自由になると、私はヴィンテージにその人がいるであろう場所まで案内を頼む。

「ただ寝てるだけかもしんねーぞ」

「それならいいじゃない。無事だったってことで」

「なるほど」

視界に目的の人が映る。周りは岩がごつごつしている場所でどう見たって寝床ではない。

「あれってやっぱり倒れてるよ! 大丈夫ですか!?」

近寄って声をかける。脂汗をかいていて眠っているみたい。そして、足の曲がっている方向が変だった。

「骨折かな……えっと、木の枝とかないかしら? その辺に」

「ないな」

「長い棒みたいなもの探して」

「それより状態確認の方が先だと思うがな」

「私お医者さんじゃないもの、診察なんて出来ないよ」

「俺は医療処置機能があるぞ」

「それを先に言って~!」

ヴィンテージに診察を任せ、私は固定に適した棒状のものを探す。幸い、時間はかからずパイプのようなものを見つけた。パイプを持って戻ると、その人は目を覚ましパニックを起こしていた。宥めようとするヴィンテージにとにかく抵抗している。

「アンドロイドめ! どうせ俺の死体を回収しに来たんだろう! 俺はまだ死んでいない! 離せ!」

「落ち着けよ、怪我人だろアンタ」

「何々!? どうしたの!?」

「おかえりマスター。割と元気だぜこいつ」

「ま、マスター?」

その人はこわばった顔で私を見る。痩せた頬、酷い目の隈。汗で乱れた髪。そのせいで幾分か老けてみてるけど、そんなに年は取っていないおじさんだった。髪もヒゲもぼうぼう、そして痩せた足を見て健康的な生活は送れていないだろうというのが一目で分かった。

「こんにちは。目が覚めたんですね。あ、動かないで。足が折れてるみたいなので。ヴィンテージ、包帯持ってる?」

「持ってるぜ」

「よかった。私も持ってるんだけど足りるか分からなくて……」

私は骨折の処置の方法なんてやったこともないし知らないはずだった。けど迷いもなく持ってきたパイプと包帯を使ってテキパキと足を固定する。足の骨の位置を戻すのはヴィンテージにやってもらった。ここを間違えると処置の意味がないものね。

「よし出来た。あとは痛み止めを……」

「……どうしてそこまでしてくれるんだ?」

「え?」

「見知らぬ人間を助けても見返りはないだろう?」

「え……え?」

「それとも見返りを求めて助けてるのか?」

「え?」

「助けてもらった奴にずいぶん失礼だな、アンタ」

「……」

「え、えっと?」

私は質問の意図が掴めず、困惑してしまっていた。見返りって?

「え、だってこんなところで怪我していたら大変だろうと思って。あの、えっと……。と、とりあえず痛み止め飲みましょう? お水もどうぞ」

「いや、痛み止めはいい」

「え、でも」

「いらないよ。……水は一口欲しいが」

「はい、どうぞ」

おじさんは渡したペットボトルを空にする勢いでごくごくと水を飲む。お水、何本か持って来て正解だったわ。

「喉乾いてたんですね」

「水はこれだけかい?」

「いいえ、あと私の飲みかけと一本予備が。それはあげますから飲んじゃっていいですよ」

物資の総量を正直に相手に教える必要はない、と前もってヴィンテージに言われていた私はわざと数を違えて答える。

「……ありがとう」

おじさんは警戒を解いてくれたらしく、自分は山の中腹に住んでいて今朝運悪く崖から滑落したことを教えてくれた。私たちはおじさんを支えながら、山の上までの道を教えてもらい一緒に彼の家に行くことになった。道中、おしゃべりが弾んで色々聞くことが出来た。彼の名前はデイヴ。奥さんと子供がいたがこの厳しい環境の中で亡くなってそれからはずっと一人暮らし。子供が生きていたら私とそう変わらない年になっていたらしい。

「息子だったんだが、君みたいに天真爛漫でね。いい子だったよ」

「そうだったんですね」

「ああ。少しだけ昔が懐かしくなってしまった……」

彼の家に辿り着くと、身体を休めるより先に見せたいものがあると彼は家の地下を案内した。降りていくと、そこは倉庫だった。

「これ、レトルト食品?」

幾つか置いてある未開封のパウチを両手で摘まみ上げる。中身は、カレードリア? 美味しそう。

「工場が地下に残っててな。幸いまだ荒らされていない。いくつか持って行くといい。周りに言いふらさないと誓ってくれるなら譲るよ。助けてもらった礼だ」

「いいえ、ちゃんとお金払います。貴重な食料でしょう?」

「え……ああ、そうだな。じゃあ一袋2ドルでどうかな?」

「分かりました。3袋ください」

「どうぞ」

彼の持っている古い電子機器に私の端末をかざし支払いを済ませる。

「ありがとうございます。やった! ご飯ゲット!」

「すげーぜマスター。イマドキ人助けだけで食料ゲットはなかなか出来ないぜ」

「ヴィンテージがデイヴさんを見つけてくれたからよ。ありがとう」

「え。お、おう。そうかい?」

「あら、照れてるの?」

「照れてねーよ!」

私たちのやり取りを見ていた彼が、そっと呟いた。

「……君みたいなまっとうな人、久々に会ったよ」

「え?」

「大体みんな食料に困っているから、生き残るのに必死で余裕なんてないのさ。礼節なんてとうの昔に葬り去ったような人ばっかりだよ」

「そっか。なんだか、悲しいですね」

「そう思えるのだから、やはり君はまともだね。羨ましいよ」

「デイヴさんだって優しいじゃないですか」

「それは君が優しかったからさ」

「そんなこと……」

どうしてこのタイミングで。ピピっと私の端末が鳴る。画面を見ると、トーナメントの文字が。

「うそ。さっき終わったじゃない」

「別の奴が来たらしい。行こうマスター。このおっさんを巻き込みたくないなら早急にここを離れた方がいい」

「そうね。ありがとうデイヴさん! またお会い出来たら!」

「ああ、またな」

ヴィンテージに運んでもらい私たちは風のように移動する。遠ざかる彼の住まいを見る。もう少しあの場にいたかったと私はこの先、後悔する。

「さようなら赤い髪のお嬢さん。君たちの進む先に神のご加護がありますように」

二人が去った後、彼はそんなことを呟いた。

 

 ヴィンテージに抱きかかえられぐんぐんと移動する。ヴィンテージって走るとこんなに速かったんだ。彼のことをまだ何も知らないなぁと悠長に思いながら、私は流れ行く風景を見ていた。

「一日に二回もトーナメントが実施されるなんて恐らく滅多にない」

「そうなの?」

「《大都市》みたいな激戦区ならともかく、こんな地方のまったりした町じゃそうあるもんじゃないって」

「ふうん」

「ユーザーの大移動でも起こってんのか? 今日は変だ」

彼が違和感を覚えるほどの事態なのだということは分かっても、私はいまいち分かっていない。町の中心部を通り過ぎ、建物がまだ残っていて密集している場所に進む。

「予定ではここだな」

「わざわざこんな狭いところでやるの?」

「ヴィジョン同士の性能を活かせる場所が選ばれることが多い。俺は細かい動きが得意だが、向こうもそうらしい。マスターは上にいな」

そう言うと、ヴィンテージはわざわざ建物の高いところへ登り安全そうな部屋に移動する。

「下の方が良いんじゃ?」

「上は狙いやすいが狙われにくい。特に地上からはな。なるべく物陰にいろ。これはまぁ護身用」

おもむろに小さな折りたたみナイフを手渡される。威力はなさそう。

「ありがと。……私に出来ることはない?」

「気持ちは嬉しいが、身の安全を確保していてくれるのが一番助かる」

「分かった。ヴィンテージの邪魔をしないようにするね」

「まぁすぐ帰ってくるし? ちょっとだけ留守番すると思ってな」

彼は私の肩をぽんぽんと叩く。下が賑やかになる。どうやら相手も着いたらしい。

「ちょっと~待ち合わせに遅れるとかありえなくな~い?」

「それとも待ち伏せ? とか卑怯じゃな~い?」

隠れているので姿は見えないが片方は男性、片方は機械音の混じった女性の声。男性マスターと女性のヴィジョン? みたいだけど。口調が、あの。

「オカマかよ……」

「そう、みたいね」

「早く出てらっしゃい! とっとと済ませるわよ!」

「出て来いって」

「はいはい。じゃ、行ってくるぜマスター」

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

「おうよ」

ヴィンテージをぎゅっと抱きしめる。彼は軽く抱き返して、背中を軽く叩いてくれた。割れた窓から彼は高く飛ぶ。壁に身を隠しながら、私は覗ける隙間を見つけ下を窺う。ズン、という着地音とともにヴィンテージが降りる。その音でそれだけの重量があったのだと、今更実感する。どうにかして相手が見えないものかと覗く位置を調整してみると、相手のヴィジョンだけ見ることが出来た。小柄な体躯の女性型アンドロイドだ。パーツがむき出しになっていて、全体は紫と白で構成されている。服を着ないアンドロイドもいるのね。

「随分ごゆっくりな到着だな。待ちくたびれたぜ」

「あら、お待たせしてごめんなさい? マスターはご不在かしら?」

「この場にいなくても問題はないだろ?」

「どこかに隠れてるのか、身動きが取れないのか。どっちかしらね?」

「さぁね?」

「……ちょっと油断しない方がよさそうよ。頑張って、パープル」

「アイマム!」

「サーだろ」

「マムなの!」

「オカマじゃん」

「オネエよ!」

マスターとヴィジョンが同時に叫ぶ。そこは譲れないところらしい。ヴィンテージは滑らかな動きで拳を構える。

「来いよ”ネコちゃん”。遊んでやる」

「軽く見てると痛い目見るよ! ”坊や”!」

「=戦闘開始=」

端末がそう告げるとヴィンテージとパープルは同時に動き出した。どちらも身体のバネを強みとする柔軟で俊敏なタイプらしい。お互いに足技を仕掛け、パァンと激しい音がして周りに反響する。パープルはヴィンテージの足を土台にして、高く跳ぶ。上からヴィンテージの首筋を狙おうとし、かわされる。

「ちょろちょろすんな!」

「そりゃこっちの台詞だ」

彼女の着地寸前、ヴィンテージは足技を繰り出す。足技をもろに食らったパープルはその衝撃で吹っ飛ぶ。吹っ飛んだ彼女をヴィンテージはすかさず、右手から出したワイヤーで絡めとる。引き戻した彼女を後ろから羽交い締めにするヴィンテージ。角度的に何が起こっているのか私には分からなかった。一瞬のこう着状態の後、ヴィンテージはパープルの右腕をもぎ取っていた。

「=勝者、ヴィンテージ=」

端末が告げる。

「ウッソォ!?」

相手のマスターは驚きを隠さず叫ぶ。あまりに呆気なく、あまりに早い勝利に私も驚いていた。

「すごい、ヴィンテージすごいよ」

誰にも聞こえない声量で私は喜ぶ。相手のマスターはなんだかキーキーと文句を言っている。

「女の子の腕を捥ぐなんて外道よ! 外道!」

「外しただけだっつの」

「そうだよリンジー。腕取られちゃったけど破損はしてないしー」

「えっうそ?」

「パーツむき出しタイプは利点も多いが弱点丸見えだもんな。そらよ」

「さんきゅー」

ヴィンテージがパープルに彼女の右腕を投げて渡す。左腕でしっかり自分の腕を受け取るとちゃちゃっと取り付けてしまう。

「俺は素早く的確にが主義なんでね。余計な破損はあんまりやらないんだよ」

「あら、いつ主義が変わったのかしら?」

「……ん?」

「あんた前は”手段は問わず勝てばいい”そう言ってたわ」

「別の機体と勘違いしてないか?」

「いいえ。その口調にその服、その身のこなし。間違いないわ、あんたヴァイオレットでしょう? いつ戻ってきたの?」

「ヴィンテージだっつの」

「リンジー、ヴァイオレットって誰?」

「ちょっと!? あんたまですっとぼけて!?」

「遭遇したヴィジョンの中にヴァイオレットなんて名前なかったよー」

「ちょっとちょっと冗談やめてよパープル。数ヶ月前に戦ってるわよこいつと私たち」

「んー。……検索したけどそんな記録ないよ?」

「ウソよ」

リンジーは二人の記録を否定する。ヴィジョンたちは首を傾げて、そんな記録はないと主張する。

「たまたまパーツと性格が似てただけだろ」

「そんなはずないわ! マスターだって覚えてるわ! あの赤い髪の子!」

この人、記憶がなくなる前の私を知ってる? もしかしたら何か聞けるかもしれない。私は端末からヴィンテージを呼び出す。

「ヴィンテージ、私この人と喋ってみたい。会わせて」

「んー、いいけどさ」

ヴィンテージはすぐに登ってきてくれて、私を抱えてスイスイと建物を降りていく。リンジーと呼ばれているユーザーが目に入る。こ、この人すごいムッキムキだ! 口調とのギャップにびっくりしていると地面に到着した。

「ええっと、初めまして。リンジーさん」

「……」

リンジーさんはものすごくガタイのいい人だった。服の下の筋肉のシルエットがはっきり分かるほどたくましい筋肉を持っている。

「あんた、名前は?」

「スカーレットです」

「スカーレットよね。そうよね、そう。私の知ってるヴァイオレットのマスターもスカーレットだったわ。でも違うわ、どうなってるのよこれ!」

彼は頭を抱えしゃがみ込む。自分だけがおかしいんじゃないかと戸惑っている。

「え、えっとすみません。どう違うのか教えて欲しくって……」

「……私の知ってるスカーレットは、スカーレット・ヨハンソン。24歳の女性よ。あんたと顔もそっくり。声も似てるわ」

24歳。リンジーさんが戸惑うのも無理はない。彼の記憶が正しいならば、数ヶ月前に出会った人間が数年分若返って目の前にいるということになる。

「私、自分のこと覚えてなくって。出来たらそのスカーレットさんのこと教えて欲しいんですけど」

「……そのスカーレットと自分が同じ人物だと思うの? あんた」

「多分、違うと思います」

「そうよね……。こっち来て。出来たらハグしてちょうだい。顔もよく見せて」

リンジーさんにうながされるまま、私は彼に近づく。ぎゅっと抱きしめられ、顔をじっくり見られる。彼は大きな手でゆっくりと髪を撫でてくれる。温かい手だ。

「やっぱり同じ顔だわ。あの子が若かったらきっとこんな感じよ。でも貴方は髪が短いのね。あの子は髪を伸ばしてたわ」

「そのスカーレットはどんな人でしたか?」

「一言で言えば苛烈よ。他人にも自分にも厳しい人。でも誰よりも優しかったの。たくさんのトーナメントをくぐり抜けてきたんでしょうね。あちこち傷だらけだったわ」

彼は涙ぐみながら私を抱きしめる。スカーレット・ヨハンソンと私を重ねながら、彼は続ける。

「こんなことってあるのかしら。ヴィジョンは覚えてなくて私しか覚えてないなんて」

「記録が抹消された可能性なら高いぞ。まぁ俺の場合そのヴァイオレットとは完全に別個体だろうが」

「そう……」

「スカーレット・ヨハンソン……」

名前を復唱してみても、やはり私にはピンと来るものがない。彼女と私は別人なんだろう。でもリンジーさんの言ったことが気になった。同じ顔、同じ声、同じ髪の色の年齢が違う女性。連れているヴィジョンもよく似ていた。ヴィジョンはユーザーとの相性を重視しカスタマイズされる。そこから私は一つの結論を導きだす。考えたくなかった可能性。“人間”のコピー。そう、私は何も覚えていない。何も覚えていないのは、記憶が消えたんじゃなくて“元からそんなものはなかった”から。記憶がないのに既に持っている拠点も持ち物のことも、これなら全部つじつまが合う。でもそれなら、元のスカーレットはどこへ?

「ヨハンソンさんはどこへ行ったか知ってますか?」

「彼女は《大都市》を目指してたわ。区画を移動していったのも見てる」

「そうですか」

「まさか同じ場所へ行くの? やめなさい。《大都市》は危ないのよ」

「うーん、でも唯一の情報だし。もしかしたら生き別れのお姉さんかもしれないし」

そう、これはまだ推測の域を出ない。名前が同じでも姉妹の可能性だってある。

「情報、ありがとうございますリンジーさん。《大都市》に行くかはヨハンソンさんについてもう少し調べてから考えます」

「分かったわ。……気をつけるのよ」

「はい、ありがとうございます」

すっかり気を許してくれたリンジーさんと連絡先を交換し、別れる。何かあったら気軽に連絡して、と彼は言ってくれた。

 

「人間のコピーってあり得る?」

 拠点に戻ってきた私は、ヴィンテージに思いきって聞いてみる。私の情報についてヴィンテージがわざと私に嘘をつく可能性もある。でも私が目覚めてから今この時まで、彼は私に対して忠実で嘘をついたことはなかった。私はその事実だけを信じて彼を信頼する。

「どうだろう? 多分、ないと思うぞ。ヒューマンはそういう”倫理”には厳しいだろう? 同一人物のクローンってのは倫理的に一番問題なはずだ」

「うーん……私と名前が一緒だし、物資も彼女の物だと思えばこの状況に合点がいくのよね」

「合点がいくだけだろ?」

「うん。状況に説明がつくなって思うだけで納得はしてないの」

「それなら生き別れの姉さんの方を優先して考えておきな。全部形見かもしれねーぞ」

「物騒なこと言わないで。生きてるかもしれないじゃない」

「生きてても形見は残せる」

「もー! そうだけど! 言い方!」

いいタイミングで、お腹が鳴る。とっくにお昼を過ぎていたのを忘れていた。

「せっかくだしデイヴさんにもらったカレードリアをお昼にしようかな」

「お好きに」

「ヴィンテージは燃料の補給はしないの?」

「ん? あー、まぁ充電はやるけどメンテナンスと一緒に一日の終わりにまとめてやるからな俺ら」

「ふうん」

「俺のことはいいから食べなよ」

「……ん」

私は小鍋でお湯を沸かし、パウチを温める。そのまま食べても良かったんだけど、やっぱり温かい方が美味しいもの。温めている間にツールボックスで食器を探す。ツールボックスは整理整頓が行き届いていて、カテゴリーで大体区切られていた。このボックスを使っていた人は几帳面らしい。やっぱりスカーレットさんなのかなぁ? 前の持ち主。

「あったあった。スプーンとフォーク」

「汚す食器は少ない方がいいから、皿は使わない方がいいぞ」

「え」

「あのね物資が少ない状況なの、ワカッテル?」

「……そうでした。節約ね、節約」

「そうそう」

「では、”本日の糧に感謝致します”」

温まったパウチの口をハサミで開け、スプーンを入れる。湯気と一緒にカレーで染まったドリアが登場する。いいにおいが部屋に充満する。

「ふわ~。温かいご飯最高」

ドリアを口へ運ぶ。

「美味しい~!」

「よかったなぁ」

「うんー。これスプーンだけで食べられそう。具はほとんどないのね」

「製造してる工場に具の貯蔵がもうないんだろうな」

「あ、なるほど。……栄養偏りそうね」

「そうだな」

「後でデイヴさんに保存食持っていってあげようかな」

「最後まで面倒見る気がないなら余計な親切はかえって迷惑だぞ」

「そうかな……」

「そうだよ」

「うーん……でもなあ。そうだ、今後私たちのサポーターになってもらえば? それならほら、ね? 親切にしてもいいんじゃない?」

「どうかな。ま、マスターのお好きにどうぞ」

「なによぅ、冷たいじゃない」

「だからお人好しすぎだってアンタ」

お喋りしながら私はカレーを完食した。洗面台で湯煎の残り湯を使い食器を片付ける。食器を片付けていると、端末が鳴る。

「次のトーナメントの告知……ってことは、新人さんは勝ち進んだのね」

「そのようだ。対戦まで時間が空いてるから食休みなら出来るぞ。よかったな」

「そうね。食後早々に移動はちょっとつらいかな」

「出掛けたいなら好きなタイミングで起こしてくれ。俺は対戦までちょっと”寝る”」

「眠るの?」

「節電のスリープモード」

「なるほどね。おやすみヴィンテージ」

「……”おやすみ”」

彼がベッドの上で静かになるのを確認してから、私はその空いたスペースに腰掛ける。暇つぶしに端末をいじり、リンジーさんの情報を閲覧する。

「=リンジー・ラッセル。38歳。ユーザーランクA=」

ヴィンテージとは違う無機質な音声がそう伝える。ユーザーランクA、ディクソンさんの一つ下のランクか……。でも二人ともかなり上の方なのよね、ランク。自分のユーザー情報を見る。スカーレット、17歳。ランクS+。

「S+って上から2番目なのよね……」

あ、とそこで気付く。ヨハンソンさんの情報ももしかしたらあるかもしれない。私はもう一度ユーザー情報を検索する。

「=スカーレット・ヨハンソンと一致するユーザーは登録されておりません=」

「ないか……」

記録が抹消されている。ヴィンテージの言葉を思い出しながら私はベッドの空きスペースに寝転がる。消えたスカーレット。新しく登録されたスカーレット。偶然とは思えないけれど、まだ情報がなさすぎる。

「どこに行ったの、スカーレット」

そんなふうに呟いた後、私の意識は暗闇に落ちた。対戦まで、あと2時間。

 

fin.