【Vision1-1】

 

 カラカラと風に吹かれた看板が鳴く。ゴミ箱を漁る人、鉄くずをいじる人。武装し、身を隠しながら移動している人。世界が余裕をなくし寄り添うことを忘れてしまった頃、私は目覚めた。

 

「おいマスター。起きろ。俺は偵察に行ってくるからココ《拠点》から動くんじゃねーぞ。いいか? この街じゃ他人から無償で与えられた食品には口付けるなよ。何仕込まれてるかわかんねーからな。じゃな。なんかあったらそれで呼べ」

 目覚めと共にヘルメット男からそんなことを言われた私は、自分がどこの誰なのかすらさっぱり知らなかった。彼を呼ぶにはこの腕に巻いてある四角い端末を使うらしい。適当に触ると空中にモニターが投影された。ユーザー情報を探し、閲覧してみると私の名前はスカーレットと記載されている。実感は湧かないけどそう書いてあるのだからこの名前なのだろう。

「私、はスカーレット」

なんとなく声に出してみる。うん、悪くない名前かな。四角い端末を続けていじってみると、さっきのヘルメット男のアイコンを見つけた。横に名前のようなものが記載されている。ヴィンテージ? かな? 呼び出すにはここを触るんだろう。今は触れないでおくけど。

 周りを見渡してみる。ベッドは大きく、成人男性でも横になれそうなサイズ。身体に掛けるシーツはくすんだ濃緑色。打ちっ放しのコンクリートにも見える分厚そうな壁。色は濃い灰色。ベッドの正面には、物資を溜めておく用の無骨で大きなツールボックスが。その横には、さっきの彼が出て行った扉。彼はさっきここのことを拠点(キャンプ)と呼んでいたけど、なんでそんな呼び方をするんだろう。家、じゃないのかな? 後で聞いてみることにしよう。私はベッドから降りて、ツールボックスを開けてみる。……保存食ばっかり。私はボックスを閉めて扉に向かう。扉の横に洗面所とトイレが通路を挟んで向かい合っている。短い廊下の突き当たりにもう一つ扉が。あれはおそらく外への出口だろう。出るな、と言われたので私は大人しく部屋に戻る。……あれ? ここ、台所がない? 調理とかどうするんだろう? 冷蔵庫は?

「飲み物ってどこだろう」

呟きながら、もう一度ツールボックスを確かめにいく。よく見ると正面に引き出しが二つあった。上段を引きだしてみると、そこには武器と弾薬がズラっと並んでいた。おそらくさっきの彼が使うんだろう。危ないので、触らずにそのまま引き出しを戻す。下段に手を掛ける。重たい。

「うんしょ」

引っ張りだしてみると、中にはミネラルウォーターが綺麗に並んでいる。ひんやりとした空気が漂ってくる。

「冷蔵庫はこれなのね」

喉が渇いていたので、一本取り出し口にする。ラベルを見ると無炭酸で軟水、500mlという表記が。美味しいのでボトルの半分くらい飲んでしまった。一息ついてのんびりしていると、ふと机の上の上着とカバンが目に入る。私の? 何も考えずカバンを開ける。キャンプ用のミニコンロと小鍋、それ用の薪。それからタオルがどっさり。タオルに包まれるように、小さな小袋も入っている。小袋の中身も確かめてみる。

「これ、医療品? 手術道具?」

入っていたのは裁縫セットにも見える。けど、糸が毛糸ではなかった。薬もいくつか入っているみたい。

「私、お医者さん? うーん……わかんない」

全てをカバンの中に戻し、ベッドに戻る。記憶があまりに綺麗になさすぎて、手持ちの物資を見ても何も浮かばないのだった。

 しばらくベッドでごろごろしていると、さっきのヘルメットくんが戻ってきた。

「マスター、アンタ”運が良い”な。サンドイッチ手に入ったぜ」

「おかえりなさい。サンドイッチ?」

手渡された白い袋を開けると、そこには白いパンに分厚いハムやレタスが挟まっている。彼はどっかりとベッドに腰掛けながら喋る。

「あいにく今回牛乳はなかったみたいだけどな。食いなよ。腹減ってるだろ?」

「あ、うん。お言葉に甘えて……。”本日の糧に感謝致します”」

私は簡単にお祈りをすると、白パンを頬張った。ハムの噛み応えがすごい……。これ、チーズ入ってるのね。チーズそんなに好きじゃないんだけどな。でも、

「美味しい」

「そりゃようござんした」

サンドイッチを咀嚼しながら彼を見る。上半身をベッドに投げ出してゴロゴロしている。

「あのね、ヴィンテージ」

「ん?」

あ、名前合ってた。

「私ね、記憶喪失みたい」

「へえ、そう」

「記憶が飛ぶ前の私のこと知らない?」

「さあ? 知らんね。知ってても教えない」

「え、いじわる」

「そういう性格にセットされてるからな」

「……貴方人間じゃないの?」

「おっと、基礎知識まで抜けたか? 飯食いながら授業といくか」

彼は自分の頭の横をつつくと、空中にモニターを映し出す。唐突にテンションが振り切れたおじさんが出てくる。この人額に浮いた脂が凄い。

『やぁー! 御機嫌よう! 貴方は見事”幻影使い”として選ばれました! これからユーザーの利点をご説明します! 耳の掃除は済ませましたね!? よ~く聞いてください! あ、ちなみにこの映像はいつでも見れますので大丈夫ですよ。ハハハ!』

それから20分くらい映像は流れた。理解しているか確かめる為に、私はヴィンテージに向かって話す。

「えーとつまり私はヴィジョンっていう戦闘AIを所持出来るユーザーに選ばれた人間で、もしこれから街を移動するならトーナメント……ヴィジョン同士に戦闘させて勝ち残らないといけないってことね」

「ご名答」

「で、貴方が私のヴィジョン。ヴィンテージ」

「そう。よろしく? マスター」

「うん、よろしくね。街を移動しないなら戦闘はしなくてもいいんでしょ?」

「それがそうもいかない」

「え? どうして?」

「ユーザーの移動は各々がするものだから、自分が動かないなら巻き込まれる可能性の方が高くなる」

「そっか……貴方と一緒にいたいならどちらにしろ戦闘は避けられないのね」

「そーいうこと。まあトーナメントは常に行われているわけじゃないし、実施されるなら俺たちに連絡が入る。ちゃんと知らせるからそこは安心しろ」

「うん、ありがとう」

「へっ。記憶飛んでる上にいきなりアンドロイドと共同生活なんて言われたら普通パニックになりそうなんだが、アンタ変わってるな」

「それねえ。記憶、なんでないんだろう?」

「さあね」

「自分でも妙なの。忘れてるだけなら何か思い出せそうなきっかけとかあるはずなのに。それすら引っかからない感じがあるの。落ち着きすぎてるのも変だよね」

「なんだ、その自覚はあるのか」

「うん。だって自分が誰だか分からなかったらもっと不安になると思うの。でもそんな心情にはなってないし。これが普通、みたいな。うーん……」

「ふーん」

「んー、考えても分かんないし。まぁ、いいや。きっとそのうち分かるよね」

「希望的観測ってやつか? 賢明だな」

「そういうこと」

私は彼ににっと笑ってみせた。いいタイミングで、アラームが鳴る。私の端末から。

「ん? なに?」

「お目覚め早々にトーナメントらしいぜ」

「もう?」

「新入りの引っ越し祝いに挨拶とでもいこうぜ? マスター」

「私も新入りみたいなものだけど」

「ハハハ。そうかもな」

武装し出口に向かう彼の背中にAIも笑うのね、と呟いた。

 

fin.